知る学ぶ活かす 講習会②

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住宅省エネルギー技術講習会を受講してきました。

省エネルギー化を実現する為には 3つのアプローチがあるようです。
1.建築による手法
2.設備による手法
3.住まい方

2と3に関しては 生活を始めてからでもやり易いし理解しやすい手法だと思うので 意識が高い方は実行してほしいのですが・・

1.の建築による手法では 建築に関わる人が理解していないとかなり差が出てきます。
今回はこの部分が主な講義内容でした。

一つ紹介すると 建物を断熱することがあります。
断熱材って種類によって熱の伝わりやすさの数値があるのですが 厚みも関係するし 隙間なく建物全体を包み込むように連続させないといけない・・・ ここまではなんとなく知っているかもしれません。

でもですね 繊維系断熱材(グラスウールなど)の施工状態で 詰め込む寸法より断熱材のほうが大きくて 無理に両端を押し込んだ場合 寸法とおりの良い状態と比べると 半分の数値まで性能が落ちるそうです。(半分までとは知りませんでした。。)

壁の中の見えないところ 後からでは簡単にはわかりません。
工事中しっかり確認してください。
もしくはこの知識を持っている設計監理者に依頼してください。

知る学ぶ活かす 講習会①

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大阪府被災宅地危険度判定士の講習会を受講した。
以前受けたのは被災建築物の応急危険度判定士で 建物の危険度を判定する。
今回は被災宅地とあるので 地盤・擁壁の危険度判定である。

なぜ別々に分けているのか 私にはわからないことなのだが どちらも放置しておくと人命にかかわる重要な作業なのだ。

近年は各地で豪雨による土砂災害が発生し また何十年・何百年に一度の大地震の発生も予測されている。

そんな自然災害に遭わないことを一番に願うが 私たちが今すべきことは 備えることである。

費用や手間などを考えると 決して簡単なことではないが 地盤条件や周辺環境そして建物の構造 建物を手に入れるとき 価格や見た目ではなく 安全がもっとも重要視されるべきである。

また既にある建物も 耐震補強や家具の配置・就寝場所など 守るべき家族が増えた今 私も再度確認したいと思う。

こどもと部屋

日々のすごし方は 人それぞれ違うものである。

特に成人するまでの間は 成長と共に環境も変わり 家でのすごし方も 当然さまざまなものになる。

私の場合 幼少期は家に居る時間のほぼすべてを 誰かが居る空間ですごし 家族全員同じ部屋で寝た。

小学生低学年時代は 両親が働いていることもあり 子供部屋を与えられることはなく 応接間と呼んでいた部屋で友達とテレビゲームをし 宿題や勉強をした。 寝るときだけは兄と二段ベッドが与えられ 親とは別の部屋で寝ることになる。

兄が中学生になり 一人部屋を与えられると 私にも必然的に一人部屋が与えられた。 自分の好きにして良い 自分だけの空間 初めのうちは楽しく嬉しかった。

しかし一人が苦手な私は いつも家族が集まる空間で 多くをすごしていた。 自分の部屋といっても 当時はエアコンもついておらず 夏はサウナのように暑く 冬は凍えていた。 当然寝るだけの部屋となっていた。

中学高校時代は年中部活で家に居る時間も減りはじめ さらに勉強は大きな机のある応接間でしていた。 思春期には当然 独りになりたい空間も必要ではあるが いつも親は勝手に出入りをし プライバシーなんてものはなかった。 とはいっても 部屋に閉じこもって居る時間は寝ている時間がほとんどだったのだが・・。

大学に行く頃には物が増え 自分の部屋は服や趣味のモノ・課題の模型などで占領され ベッドと他に畳1帖分くらいのスペースになっていた。

今となっては 兄も私も実家を出て それぞれ家庭を持っている。 当時の子供部屋の一つは物置として持余し もう一つは実家に泊めてもらう時の客間となっている。

私のすごし方をみると 子供部屋に必要だった空間は 寝るスペース+αで2~3帖程度あれば十分だったのではないか。 むしろ共有スペースがあったほうが良かったと思う。 成長の過程で子供部屋のあり方も 巣立った後の使い方も 長いスパンで考えなければならないのだが。

ただ単に2~3帖の子供部屋 だけでは破綻してしまうと思う。 具体的なプランは・・。

その先は直接ご相談ください。

生立ち

1980年5月 大阪府枚方市 長尾という長閑な町で 服飾製造の町工場で働く夫婦のもと 内弁慶な次男坊として誕生する。

幼少期は人気者の兄の影響で 2つ3つ年上の世代から特別扱いでチヤホヤされるが 実力を伴わない私は 常に兄に追いつこうと必死に同じ道をついていっていた。

小学校では少年野球を5年間 夢はプロ野球選手 だったが左手親指の突き指癖でキャッチができずあえなく断念。

中学からは漫画の影響も重なりバスケットボールにのめり込む こちらは現在でも趣味程度に楽しく活動を続けている。

将来の進路について考えたとき 兄は調理師を志し 母親は服飾の町工場の仕事を続けていた。

ものを作ることが好きなほうで 料理にも興味はあったが 衣食住の誰も関わっていない建物の仕事をすれば 人間が生きていくのに基本的な要素のスペシャリストが家族で揃うと考えた。 今となっては親は仕事を引退し 兄は他業種の道へと進んでしまったのだが・・。

そして今 建築設計監理という仕事を生業として 独り立ちすると共に 新たな命が誕生した。

この小さな彼の成長と共に この事務所も歩んでいきたいと思う。